~森かすが自己紹介ストーリーまとめ~

(1)幼少~中学生時代。空虚な性格とアトピーとの関係

(2)大学生時代。はじめての『癒し』体験。

(3)卒業~就職。感情のコントロールがきかなくなる。

(4)キネスティックセラピーとの出会いと、価値感のブレ

(5)地獄のような日々。そして居眠り運転からの生還。

(6)変化への第一歩。わたしが大切にしたかった想いに気づく

(7)自己紹介さいごに

【おシゴト選択の動機】

「現状を肯定されると、生きるチカラは湧いてくる」・・・その体験は、私の人生観を180度変えるモノでした。聖書を読んでいって気づいたのですが、それはルカによる福音書で言及されている「善きサマリア人のたとえ」でいうところの「隣人愛を持って生きる」という部分で説明されていることのように感じました。

 

聖書の言う「隣人愛」を実践しながら生きたい。それだったら、仕事そのものは何でもいい。そう思っていました。そして、求人でピンときた「葬儀の仕事」を選んだのでした。

 

【仕事が忙しく、感情のコントロールが効かなくなる】

kusurisamazama

徳島に帰ってきて、私は友人Mの「お姉さんの知り合い」が通っている教会に行きはじめます。(ちなみに日本イエス・キリスト教団。)教会は実家から車で45分と少し遠めでしたが、どうにかなるだろうと楽天的に考えていました。

 

「お姉さんの知り合い」は、快活で優しい女性で、私はその人を「Tちゃん」と呼ぶようになります。教会は人間との関係を作りに行くのが目的ではないですが、クリスチャンとして未熟な私にとっては話せる人がいるということは大きかったです。

 

そうやって順調に始まったかと思えた徳島での社会人生活。しかしながら葬儀社の仕事は、想像以上にきびしいものでした。

 

体力仕事なうえに、式典のおごそかな雰囲気に、スタッフたちはいつもピリピリ。古くからいる先輩方が気難しい人も多く、そのプレッシャーはすさまじい。

 

休みは交代制でしたが、飛ぶこともめずらしくありません。わたしの心を、徐々に負の感情が支配するようになってきました。

 

それは最初、自分の感情のコントロールが効かなくなることから始まりました。

 

怒りっぽくなって、いつも家族に対して泣き叫んでいました。

だんだんと、モノをなくすようになりました。

ごくたまに、数字が認識できない、といった事態にみまわれました。

とにかく涙もろくなりました。

 

あまりにも変貌した私の様相にみかねた母に勧められ、私は心療内科に通いはじめます。

 

 

そこで処方されたのは、うつの薬としてかなりポピュラーな薬でした。ステロイドでのリバウンド経験もあり、薬はとにかく嫌でしたが、

 

「今の苦しみから逃れられるならなんでもする」

 

そんな思いで、服用をはじめました。

 

また、忙しさで食生活もみだれ、食欲を止めることができずむさぼり食べた結果、わたしのアトピーは今まで出なかったようなところに出るようになります。それでも私は味覚においしいもの(乳製品やジャンクフード、揚げ物など)を食べることがやめらえなくて、薬に加えてサプリメントも今まで以上に飲むようになりました。

 

とにかく自制がきかず、あらゆることを「貪る」ようになっていました。

 

(4)キネスティックセラピーとの出会いと、価値感のブレへつづく