隣人愛

 

こんにちは、森かすがです。

 

みなさんは「人に親切にしましょう」と言われたこと、ありませんか?私はあります。

 

そして「そうだなぁ」と思った反面、「『誰』に『どこまで』『何を』したら『人に親切にした』ことになるのか」、と悩みました。

 

この時点で「言われたこともないし悩んだこともないw」という方にはあんまりおもしろくない話をしますので、どうぞUターンしていただけたらと思います(笑)

 

「ある」という方は、ぜひ読み進めてやってください。今日は、世界的に超有名なあるお話しの中に、最近流行りの「アドラー心理学」を実践するヒントが詰まっているよ、というお話をします。

 

 

※ニッチな話題だと思っていたのですが「アドラー クリスチャン」とか「アドラー キリスト教」という検索でこの記事を見てくださる方が意外と多いようです。どういうことが知りたくてその検索をかけていらっしゃるのかわからないのですが、一応補足しておくと私自身はクリスチャンです(プロテスタント)。

 

■ アドラー心理学

私は、2013年の12月に『コーチング』というモノの存在を知りました。コーチングの定義はむずかしいですが、あえて説明するなら「対話によって、人の可能性や目的を引き出していく技術」のことです。

 

そして、私が最初に知ったコーチングは「アドラー心理学」という心理学がベースになっているモノでした。

 

アドラー心理学とは?

アドラー心理学(アドラーしんりがく)は、アルフレッド・アドラー(Alfred Adler)が創始し、後継者たちが発展させてきた心理学の体系である。

アドラー自身は自分の心理学について、個人心理学: individual psychology)と呼んでいた。

 

それは、個人(individual)が、in(=not) + L.dividuus(=devisible 分けられる) + al(の性質)=分割できない存在である、と彼が考えていたことによる。

 

日本では、アドラー心理学(: Adlerian psychology)の呼称が一般的である。

 

アドラーが自分の心理学について個人心理学と呼んだように、アドラー心理学では、個人をそれ以上分割できない存在であると考えることから、人間の生を、個人という全体が個人の必要な機能等を使って目的に向かって行動している、というふうに考えている。

 

より具体的には、人間は相対的にマイナスの状態(劣等感を覚える位置)から、相対的にプラスの状態(優越感を覚える位置)を目指して行動している、と考えている。(wikipediaより

 

アドラーに関しては、こちらの「ゆうメンタルクリニック」のHPにもわかりやすいマンガが描かれているのでおススメです。

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アドラー心理学をわかりやすく解説した「嫌われる勇気」という本もベストセラーになりましたので、読まれた方もいらっしゃるのではないでしょうか?

 

 

■ コーチングは共感からはじまる

 

そして、そのアドラー心理学がベースになった「コーチング」を広めているのがこちらの動画で話をされている「宮越大樹さん」です。大樹さんは、私のコーチングの師匠・ひめさとこさんの師匠にあたります。

 

大樹さんは東京赤坂の「チームフロー」というコーチングスクールで講師をされています。

2013年12月。宮越大樹さんの高知県での講演会で、私は『コーチング』というモノを知ることができます。そこで大樹さんのとある一言を聞くまで、私は「コーチング」というものをバリバリ警戒していました。

私の警戒心を解いた一言、それは「できない自分にも、居場所を置いてあげて。」という言葉でした。

これを聞いた途端、私は「この人の話してることは、キリスト信仰と矛盾しないんじゃないか」と思いました。

 

なぜなら、それと同じような話を聖書をとして知っていたからです。

 

■ 善きサマリア人のたとえ

私が、大樹さんの「できない自分にも、居場所を置いてあげて。」というセリフを聞いたときに思い浮かんだのは、聖書の「善きサマリア人のたとえ」でした。

 

するとそこへ、ある律法学者が現れ、イエスを試みようとして言った、「先生、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。 彼に言われた、「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むか」。 

 

彼は答えて言った、「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。また、『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』とあります」。
 
 
彼に言われた、「あなたの答は正しい。そのとおり行いなさい。そうすれば、いのちが得られる」。
 
 
すると彼は自分の立場を弁護しようと思って、イエスに言った、「では、わたしの隣り人とはだれのことですか」。
 
 
イエスが答えて言われた、「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗どもが彼を襲い、その着物をはぎ取り、傷を負わせ、半殺しにしたまま、逃げ去った。
 
 
するとたまたま、ひとりの祭司がその道を下ってきたが、この人を見ると、向こう側を通って行った。 同様に、レビ人もこの場所にさしかかってきたが、彼を見ると向こう側を通って行った。 
 
 
ところが、あるサマリヤ人が旅をしてこの人のところを通りかかり、彼を見て気の毒に思い、 近寄ってきてその傷にオリブ油とぶどう酒とを注いでほうたいをしてやり、自分の家畜に乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。
 
 
翌日、デナリ二つを取り出して宿屋の主人に手渡し、『この人を見てやってください。費用がよけいにかかったら、帰りがけに、わたしが支払います』と言った。
 
この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣り人になったと思うか」。
 
 
彼が言った、「その人に慈悲深い行いをした人です」。そこでイエスは言われた、「あなたも行って同じようにしなさい」。(ルカによる福音書/10章 25節~37節)

 

おわかりになりましたか?律法学者がイエス・キリストをひっかけるつもりで「旧約聖書の『十戒』には『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』という言葉があるが、『隣人』とはだれのこと言よんな?」と聞きます。

 

それに対してイエス・キリストは「隣人とは『そのとき、その場所で縁ができて、その人に対して愛情を示した人のこと』を指すんだ」と答えます。(これだけが解釈ではないのでしょうが、一般的な解釈の仕方はそれだと思います)

 

そのとき隣り合った人が、たとえ自分に何の見返りをもたらさなくても、自分に益とならないバックグラウンドを持っていても、それでも助けることが『隣人愛』だというわけですね。

 

 

■ 自分を信仰する自己啓発か、はたまた。。?

「自分の意見はひとまずおいておいて、目の前にいる人に共感する」。

これはコーチングの基本です。

そして、「善きサマリア人のたとえ」には、こういう解釈も含まれると思っています。

 

私が、これほどまでに「目の前にいる人への共感」を大事に思っているのには、理由があります。

 

それは、自分自身が「自分の現状を肯定されてはじめて、生きる気力が湧いて出た」という経験をしていたからです。

 

 

 

「ネガティブな自分」を肯定されることでびっくりするくらい生きる気力が湧いてきたという体験。

→興味を持ち始めたキリスト教の正典である「聖書」に、それを彷彿とさせる逸話が載っていた。

→キリスト教信じる。キリスト教の善しとしていないモノに警戒心を覚える。(自分自身への信仰・高慢・度のすぎた謙遜など)

→しかし、社会人生活を経て、『こういう考え方は世の中には浸透していない』と実感。

→現状に共感も肯定もしない「ポジティブの押し付け」が健全であるかのようなメッセージが社会にあふれていることにギモンを感じる。いわんや、自己啓発をや。

 

そんななかで出会った「コーチング」。その理論は、とても納得できる。そして、そのベースになっている「アドラー心理学」。

 

私は『アドラー心理学とキリスト教信仰は、共通点があるのではないか…?』と考えました。

 

■ 早稲田大学アドラー心理学研究会

そう思って、「アドラー自身の信仰」についてぐぐってみると、こんな記事を発見しました。早稲田大学アドラー心理学研究会

の記事です。

アドラー心理学を始めて、ずっと気になっていた事がある。

 

 それは初めてアドラー心理学に触れたとき、その考え方がプロテスタントの教えに似ていると思った事。特に基本概念のひとつである、「共同体感覚」というものである。「共同体感覚」とは『全く初めての人に説明することは難しい。』もののようであるが、私はこの言葉の意味を聞いたときに、「それはキリスト教の隣人愛でしょう。」と受け止めていた。そのように受け止めた方が分かりやすかったからである。

 

早稲田大学アドラー心理学研究会NO.30 アドラー心理学とキリスト教

 

 

この方は「共同体感覚」に対して言及していますので、私とは少し視点が違うのかもしれません。ですが、とにかくアドラーとキリスト教には接点がある。そう感じるのは私だけではないんだなぁ。それを感じるには充分でした。

 

■ アドラー自身の信仰

 

ここで気になるのはアドラー自身の信仰ですが、彼はユダヤ人クリスチャンでしたが、とくに信仰熱心というわけではなかったそうです。

 

アドラーのお父様はユダヤ教からキリスト教に改宗したようですが、息子たちの信仰は自由に選ばせていたんだとか。それでも最終的にキリスト教を選んだようです。

 

これも、また「嫌われる勇気」で取り上げられている「馬を水辺に連れて行くことはできるが、飲ませることはできない。飲むのまないは、馬の意思にまかせるしかない」という言葉が実践されているようです。

 

これは、カウンセリングやコーチングといった「人の心」に従事している人のみではなく、「キリスト者(クリスチャン)」としてアイデンティティを持っている人にも心に留めておく必要があるのではないでしょうか。

 

■ 私の信条

以前ご来店くださった徳島のブロガー・こぐまさんもおっしゃってくださっているように、私は自らお客様に自分の信仰の話をすることはありません。

 

するとしても自分のために語ることはなく、「今目の前にいる人を勇気づけるためにストーリーを語る」ということを念頭に話します。(あ、クリスマスシーズンのイベントなどの案内をすることはありますwそれくらいは許してください;)

 

私はブログでは自分の信仰を証ししていますし、ツイッターではクリスチャンとのつながりが多くなっているのが現状ですが、おそらく実際に会うと「この人こんなにおとなしいか・・・」と感じると思います。

 

それは、「今目の前にいる人の必要を知る」「まずその人の現状を受け止める」ということが、「善きサマリア人」としての行動だからだと思っているからです。

 

「信仰を勧めるのではなく、信仰をもって人と接する」。というかんじでしょうか。(工藤信夫先生の本からお借りしたコトバです)

 

一応キリスト教は押しも押され得ぬ一神教ですし、価値観のすべてを「聖書」においていますので『排他的な頑固者』と思われている方も少なくないともいます。

 

しかし、その「排他的な頑固者」たちが基準にしている聖書には、こういった「善きサマリア人のたとえ」が載っているのです。

 

つまり、クリスチャンとは『それを行いたいと願うモノ』なわけです。(いつでもできるかどうかは別として。というか、できないから聖書に書かれているんでしょうが・・・)

 

■ むすびにかえて

間違っておればそれで教えてあげるのが親切ですが、

その場合相手の間違いに苛立ち、自分との違いに耐えられず、自分の考えに相手を従わせて満足しようとする心に走り易いものです。

しかし、教えることが本当に相手のためなら、そこで満足するのは相手であって自分であってはならない筈ですから、自分の満足を求めるような心がいささかでもあるなら、

それはお節介だと自戒しましょう。

お互い間違いながら生きているのです。いちいち間違いを取り上げて教えるよりは、

それを忍ぶものとなるように自分をこそ教えたいものです。

 

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愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない。(第一コリント13章4節)

 

聖書は深いので、『何が誰の心の響くかわからない』ものです。だからと言って一方的にみことばを伝えることが「善きサマリア人」的行動かというと、そうではないと思っています。

 

善きサマリア人として、まずは「目の前にいる人の話に全力で耳を傾ける」。これが、私のクリスチャンでありつつ、セラピストとして従事している人間としての信条です。

 

人生に希望が見いだせない人、モヤモヤをすっきりさせてワクワクの未来を描きたい方、またお話しきかせていただけると幸いです。

 

 

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。・。*このブログを書いたひと*。・。

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【森かすが】1989年、徳島県の小さなお寺の末娘として生まれる。幼いころよりアトピー性皮膚炎に悩むことで、対処療法的なアプローチよりも「身体の素質を高めていく」ようなアプローチに興味を持ち、民間療法を中心とした・美容・健康マニアとして歩む。

サービス業を経験しつつ、「自分が今すべきことは何か?」を考える。自分のアトピーの体験や、適応障害の経験により、「カラダとココロの根幹ケア」の必要性を実感。リラクゼーションとコーチングが受けられるサロン【やどり木】を始動させる。その人のありのままによりそいつつ、こっそりパフォーマンスを上げていくアプローチが得意。人生の野望は「100人もの孫から『かすがばーちゃん』と呼ばれて仲良くしてもらう」こと。

キネスティックセラピスト協会認定アドバイズドセラピスト/リラクアカデミー認定フィートセラピスト/すまいるすごろくコーチ修了コーチ/Yell認定クラウドサポーター

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