日記とクローバー

日記とクローバー

小4の時、私はある日の「くらしのあゆみ」(学校に提出する日記)にこんなことを書いた。

「わたしは、自分が世界に入れていないような気がします。

この世は、EさんやHさん(クラスの中心的存在だった子たち)のような明るくて元気な子を中心にまわっていて、

わたしみたいな人間は脇役なんだなって思います」

と。その時、先生の返事はそれを否定するものだったと思う。

そんな否定の言葉も、私には実感を与えることができず上辺をすべっただけだったのだろう。

覚えていない。

でも、終了式の日、先生は私に思わぬギフトをくれた。

成績表をひとりひとり渡してくれたのだけど、

てっきり普通にわたされるだけだと思っていた私の予想を裏切り、

先生は成績表をつかんだ私の手をぎゅっとにぎって強く言った。

 

「自分が世界の中心じゃないなんて、思わんでええ・・・!!

思わんでええけんな・・・!」

 

私の目から涙こぼれた。

先生は証明してくれたのだ。

私が、自分は教室の片隅で誰の目にも留まらない存在だと思っていたのに、

少なくとも先生は、私のその「ある日の1ページ」を覚えてくれていた。

その先生のその言葉は、今でもよく思い出す。

 

小5になって、私はますます「くらしのあゆみ」に力を入れるようになった。

小4のときに思わず吐露した心情を、書くことで受け止めてもらえたことがうれしかったのかもしれない。

小5のときは好きなことについて自由に語るようになっていた気がする。

だいたいはマンガのことや、本のことだった。

 

ある日、学校で「読書週間」というキャンペーンが催された。

それは、その週間にたくさん本を読んだ子を表彰してくれるという内容だった。

しかしそのとき私は、とても分厚い長編小説を読んでいた。

だから表彰はハナからムリだと思っていた。

何も考えず、その感想を「くらしのあゆみ」にアツく語っていた。

 

その週間が終わって、先生がこんなことを言ってくれた。

 「学校は読んだ数で表彰するっていよるけど、

先生はほんまに本が好きな子はだれかわかっとるつもりやけんな。」

 「週間」だということで、器用にこのときだけ薄い本を何冊も読んでいる子もいたのだ。

わたしはココロの中で「ああ、きっと先生、私のこと言ってくれてるんだろうな」と思った。

真偽は定かではないが、そう思える自分がいることだけで十分だった。

 

 その先生は、私のたわいもないギャグのつもりで書いた日記も笑ってくれた。

「今日は書くことがありません!きりーつ!礼!!さようなら!!!」

 こんな具合で終わる日もあった。でもその先生は受け止めてくれた。

 夢中になって、自分の好きな本のストーリーを書きなぐったこともある。

 今だったらスマホでコピペしたら3秒で済むかもしれないが、

当時は手書きなので何分かかったのかもわからない。

 でもそういう気合のはいったものは、先生がHRでみんなにシェアしてくれた。

そんなこんなで、口下手な私は「くらしのあゆみ」のなかで自分の世界をはばたかせることができたのだった。

 

小6になって、私はここまでの自分が恵まれていたのだと気づいた。

 それは、小6で担任になった先生の、ある日の「くらしのあゆみ」に対する感想からはじまった。

 ある日、私にはやはり「くらしのあゆみ」を書く気がおこらない日があった。だから今までに倣って

 「今日は書くことがありません。起立っ!礼っ!着席!」

 と書いた。笑ってくれると思っていた。

しかし次の日の先生の反応は私の予想と違っていた。

先生はHRでこんなことを話し始めた。

「昨日日記に、『書くことがありません』って書いとる子がおった。

でも、『教室の隅に花咲いとる』とか、『空がきれいやった』とか、

書くことは何でもさがせばあるけんな。なんでもええけん書くんぞ」

 私は、書くことがないというよりも「先生をクスリとさせたかった」ということにこのとき気づいた。

そしてそれが伝わっていないことにショックを受けた。

自分の感性を否定されたようで面白くなかった。

このときから私は「くらしのあゆみ」を書くのが急激につまらなくなった。

 

これ以来、自分が何を書いたのかはよく覚えていない。

『とにかく当たり障りのないことを書いてしまおう。そうすれば傷つかずにすむ。』

そう思うようになった気がする。

それでも、その先生とのやりとりはそれなりに面白かったような気がする。

もちろん、小5の時ほどではなかったが。

 

 中学生になって、「くらしのあゆみ」は「連絡帳」になった。

書くスペースは小学生のころの1/3ほどになり、

「連絡帳」という名前の堅苦しさもあり、私はますます自分の心を書くのをやめようと思った。

また自分を出して否定されたら恥ずかしいと思った。

しかし、そんなあたりさわりのない日記ですらも、おもしろいもので、人間性というのは現れるものだ。

私は、中学で担任になった先生の書いてくれる返事が、なんだかよくわからないけど心に響かないとうことに気づいた。

「次は、ぐっとくる反応があるかもしれない」

「次は」

「次こそは」

 何度か書いてみた。

でも、相変わらず返ってくる答えはまったく面白く思えなかった。

 

私は悩んだ。

「この先生とは性格が合わない気がする。

先生に私の好みの返答を求める方がおかしい。

あきらめよう。」

・・・まさか自分が、日本人の中では0.8パーセントしかいない信仰を持つほどにマイノリティだとはこのときは思っても見ない。

しかも、自分で心を閉ざしているのだから仕方ないと、どこか冷めて考えていたのかもしれない。

 そんなことを繰り返しているうちに、私はだんだんと苦しくなってきた。

『先生は別におかしいことは言っていない。

でもそれを面白いと思えない。

私はおかしいんじゃないか。』

私は、日記を書くのをやめた。

 

 結局、私が一番楽しく「くらしのあゆみ」を書いたのは小5の時だったということになる。

覚えていないので定かではないが、

私が面白いと感じるかどうかは「どれだけ私のありのままを受け止めてくれたか」

という度合いの違いでなのではないだろうか。

 

のちのち、私の「くらしのあゆみ黄金期」を担ってくれた先生がPTAに干されたというウワサを聞いた。

生徒への叱り方がどーたらこーたらという話だった気がする。

確かに激昂しやすい先生ではあった。

でも、あの先生が怒るときはいつも「叱るとき」だった。

大人ってやつはどうしようもねぇなと思った。

 少なくともその先生には、あんなどうしようもない趣味に走った私の日記を受け止めてくれる感性があったのだ。

 

「優しさは想像力だ」と私の父は言う。

表面的にはどうしようもない私を、その時はなんの生産性もない私の感性を、先生はただ受け止めてくれた。

受け止めることが肯定になって、それが広がることで子どもは成長できるのだと知っていたんだと思う。

 

「受け止める」ということの大切さは、心理学を元にしたコーチングやカウンセリングでもつねづね言われていることである。

けれどアタマでわかっても実行できない人はいくらでもいる。

その間にあるのは、きっと「想像力の幅の違い」なんだと思う。

それにしても結局、自分の思い通りにならなかった体験もリソース(資源)としてこうやって今に活きてくるのだから、

神さまは本当にイキだと思う。

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*このブログを書いたひと*

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【森かすが】1989年生まれ。徳島県在住。リラクゼーションとコーチングがうけられるサロン【やどり木】代表。

お寺生まれお寺育ちのクリスチャン。(プロテスタント)

好きな言葉は「足るを知る」。

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